顕信坊とは

正徳四年(1714)の創建であり、開山は修学院日逍である。一之瀬法縁(通師)の寺。


松久山 顕信坊 縁起
 当山は、正徳四年(1714)の開創で、村松助右衛門(宗円院日珠)が自らの屋敷内に庵室を結び、開山には、うら身延高峰山妙了寺より、修学院日逍上人を迎えた。
開山日逍上人遷化するや弟子顕信が住職となるや、寺号を顕信房となし、以後、桃園蓮経寺住職が、当山を兼任継承し3百年の歴史を刻む。

 かつては、本堂、七面堂、庫裡の伽藍を有し、現在は、堂内御宝前に御本尊として中央に一塔両尊・祖師像を配し、向かって右側に七面大明神、左側に北辰妙見大菩薩を勧請している。

 七面様は水、妙見様は星(季節)を司り、当地にあって盛んに信仰され、当山に伝わる御曼茶羅には、桃園新田・沢登新田にて講を組織し、護山信仰に勤めた歴史を留める。

 寺号の顕信房は、明治10年寺院法改正により日蓮宗顕信坊と改組され現在に至り、連綿として護持されその歴史を伝えている。


一塔両尊祖師像の画像 北辰妙見大菩薩の画像
一塔両尊・祖師像 北辰妙見大菩薩 七面大明神